Ryotaro Eguchi : ヱ本
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Ryotaro Eguchi : ヱ本
Published by Bong Sadhu
音楽と視覚芸術は、生まれたその時からずっと共にあった。根拠はないが、そうとしか思えない。
数万年前、あるいはもっと古代の芸術の多くは、暗い洞窟の中に壁画として描かれた。洞窟内部の音の反響は、ひとつの吐息でさえ、立体的な音響芸術に変えてしまう。古代の芸術家たちは、その異質な音環境の中で美的技能を練磨した。反対に、松明の不規則な光が壁面に映す、異形に変わり続ける自分自身の影を、知覚遊戯的に眺めながら生み出される、打撃音と人声のみで構成された音楽の萌芽も、そこに存在していたに違いない。おそらく、音楽と視覚芸術が生まれたとき、それぞれは分離した概念ではなかった。互いは溶け合う、同時の時空そのものだった。だが、いつの間にかそれらは互いの優位性を競い、相互に補完し合うだけの関係にまで変化してしまった。
ところが、一九六〇年代半ばのアメリカで変革が起こった。意識変容とアナキズムを結びつけ、権威的に引かれた様々な境界線を融解させようと試みていた若者たちは、音楽と視覚芸術を概念ごと溶け合わせ、その冷え切っていた関係性を終わらせた。それがリキッドライト文化である。暗闇の中で、反復を主体としたバンド演奏に、着色されたゲルの照光を投射し、音と光は同時的に混ざり合う。それは即興という行為を媒介として、洞窟の中にあった対称性を取り戻す儀式であった。
江口暸太朗は暗闇の中、音響に耳を澄まし、映像を即興的に変容させ続ける。音と光が同時の時空に溶け合うとき、その場に洞窟が立ち上がる。これらの写真はその実験の痕跡である。
彼は洞窟の中に生きている。
text by Tsutomu Sonoda (maya ongaku)
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